前 回のあらすじ

雛見沢村の人間を鬼に変える。その生贄として古手梨花をさらった淵 ノ鬼神。
梨花を助けるために鬼達に戦いを挑む部活メンバー。それぞれが役割 を分担し、
古手神社に向かって掛けていく。傷つきながらも、それでも戦う彼 ら。

古手神社に辿り着いた圭一の前に淵ノ鬼神によって鬼にされたレナが 現れる。
激戦により、罪滅し編の記憶を思い出す圭一。レナは僅かに残ってい た理性で
自らに鬼殺弾を撃ってと頼む。レナを信じ、引き金を引く圭一。
圭一の思いとレナの想いが奇跡を呼び、レナは人間に戻るのだった。






其の16「決意の幻想曲」



 薄暗い祠が、淡くほのかに光っている。
 点滅するような輝き。その奥で佇む少女、羽入は静かに瞳(め)を 閉じ、ただ祈り続ける。
 
 ――仲間を助けたい。

 その思いだけで羽入は全ての力を出し続けていた。
 最後の希望である鬼狩柳宝の封印を解くために。
 
 羽入は思う。もし、僕のほんとうのお母さんが貴女であるのなら ば。
 もし、その中にいらっしゃるのであらば。
 どうか、僕に……僕達に、鬼達を倒す力をください。

 その時だった。
 羽入の呼吸に合わせて輝いていた鬼狩柳宝の光が強くなり、3つに 枝分かれした刀の先端部分から桜色の光がそれぞれ放出、1本は羽入へと降り注ぎ、そして残る2本の光は洞窟を飛び出し、まっすぐ伸びていく。
「……これは」
 視界がぐらりと揺らぐ感覚。平衡感覚が無くなり、立っているのか さえ解らない。
 やがて羽入の意識がはっきりすると、景色は180度姿を変えた。

「ここは……」
 辺りを見回してみる。それは雛見沢村よりも、大分田舎だった。
 しかし、知っている。羽入はこの風景を覚えている。
「ここは……千年前の……鬼ヶ淵村」
 そう判断した時、また視界がぶれた。まるでビデオテープの再生の 途中でノイズが走ったかのような感覚。
 しかしそれは一瞬で、次に目を開けた時、また景色が変っていた。

 場所は木造の小さな小屋だろうか。
 一人の少女が、苦しそうに布団の上で横たわっている。
 その隣で金色の髪の少女が一所懸命、濡れた布を横たわっている少 女の額へと乗せた。
「ありがとう里ちゃん……」
 少女の顔はとても綺麗だった。
 少女の髪は桜色でとても鮮やかだった。
 だけど、少女の表情はとても苦しそうだった。
「気にしないで。……桜花はゆっくり休んでて良いから」
 桜花? 羽入がはっとする。
 やはり……ここは。
「大丈夫だよ。里ちゃんこそ……その傷……」
 そう言うと桜花は心配そうな眼差しで里の顔を見た。
 そこには誰かに殴られたような痣が痛々しく残っている。
「あはは、大丈夫だよこれぐらい」ひらひらと両手を振って笑うが、 両手を膝の上に置くと、悔しそうに唇を噛む。「桜花と……アイツが受けた痛みに比べたら」
「里ちゃん……」
「ねぇ、桜花。ごめんね。本当にごめんね……私、あいつを赦すこと なんて出来ないの」
 里の瞳からは、いつしか涙が溢れていた。
 赦せない、なんて勝手なことだと里は思う。
 けど、羽柳が桜花を悲しませたのは事実なのだ。だから里はそれが 赦せなかった。
 桜花は起き上がると、そっと彼女を抱き締める。
「私の方こそごめんね……里ちゃん。私……私、あの方を護れなかっ た。好きなのに……愛していたのに……最後の最後、私はあの方を裏切ってしまった……!」
「桜花、それは……!」
 しかし桜花は、怒鳴りかけた里の口を人差し指で触れた。
「ううん、事実だから。だって……私があの方をこの手で」
「……桜花」
 里は桜花の手をぎゅっと握り締める。
「ねぇ、里ちゃん」桜花が呟く。
「何?」
「私ね……産もうと思ってるんだ。……私と、羽柳様との……子を」



 ――そして、最後の過去が始まった。



「産むって……正気なの桜花!?」
 がっと桜花の両肩を掴み、喚くように言う。桜花は僅かに苦しそう な表情をしながらも、こくりと頷いた。
「……そう」
 そっと掴んでいた肩から両手を離すと、里は深く息を吐く。
「でも桜花……あんた生まれつき躰弱いし、もし子供なんて産んだ ら……」
 里の懸念はそこにあった。
 躰の弱い桜花が出産などしても、とてもその苦しみに耐え切れると は思わない。
「だからね……里ちゃんにお願いがあるの」
 そこまで見越しているのか、桜花は柔らかく微笑みながら言った。
「私がこの世からいなくなったら……里ちゃんが育ててあげて。私 と、羽柳様の子を」
 馬鹿か。この子はなんて馬鹿なんだ。
 里は心の中でそう揶揄しながらも、馬鹿はお互い様なので口にはし ない。
 本当に、三人揃って馬鹿の集まりだったと言うことなのか。
 里の瞳からは涙は絶えず流れ続ける。見れば、それは桜花もだっ た。
 二人はどちらかともなく、ぎゅっと手を握り合う。



「うん……うん、良いよ。其の時は私が面倒を見てあ げる。ちゃんと、ちゃんと良い子に育てるから!」
「ありがとう……里ちゃん」
 桜花と里はただただ、互いに泣き続けた。



 そして数ヶ月の月日が流れた。
 里は二人の子を抱え、墓前に立つ。
 里の服は桜花が着ていた巫女服になっていた。これは、彼女の意思 を継ぐと言う証。
 そっとしゃがみ込み、花を添える。
「名前決まったよ、桜花」
 静かに眠っている二人の赤ん坊を交互に見て、言う。
「こっちの子が、梨華。そしてこっちの子が……羽入」

「……!」
 過去を、映像としてみていた羽入はびくっと躰を振るわせた。
 ――僕の本当のお母さんは……僕を生んで直ぐに亡くなったのです ね。

「二人とも、桜花に似てとても綺麗だよ。羽入は髪の色と頭の角で羽 柳に似てるね。私、前に言ったよね? あいつのこと赦せないって。でもね……、この子達 が桜花とあいつの子供達だって事実は変わらない。きっといつか、この子を殺そうとする者達が現れるだろう。特に羽入は羽柳の血を色濃く受け継いでいる。で も、私はそれに負けて欲しく無い。絶望して欲しく無い。あいつは……羽柳は、桜花と出会えたことで希望を持った。たとえ最後にどんな惨劇が待っていようと も、あいつは最後まで立派だったと思う。矛盾してるよね。赦さないとか言っておきながら、立派だったとか」
 一息。
「でも、もし桜花がいる先にあいつがいるのなら……それで桜花が 笑ってくれるなら……私は羽柳を赦すよ。悔しいけど、桜花の笑顔さ、私に向ける時と違うんだよね。でも、向こうでも桜花を悲しませているようなら……ぶん 殴ってやるから」

「……お母さん」
 羽入は、自分を育ててくれた母の背中をじっと見続ける。
 母は泣いてはいなかった。だって、流す涙はもう出し尽くしたか ら。
 愛(いと)しそうに、母は赤ん坊の梨華と羽入を抱き締める。

 やがて里は北条の性(かばね)を捨て、古手の姓を名乗ることに決 めた。
 桜花の心を見失わないように。彼女の笑顔を忘れないように。



 そして過去から現在へと戻る。
 場所はあの洞窟の中。羽入はゆっくりと瞳を開ける。
「あの……夢は」
 過去の映像。僕を産んでくれた母親と、僕を育ててくれた母親との 記憶。
 羽入は理解した。以前、古ぼけた廃屋の中で鬼狩柳宝を見つけた時 に聞いた声。

……『わたしの大切な人がいつか大きな過ちを犯す時が来る。その時 に……その人はもはや人ではなく……この世の武具で討つことは出来ない。――― 私は、その人を救うために……この刀に宿り…………その人が現れるまで待ち続ける……。……その時が来た時は……私を……解き放ってください……』

 あの頃の羽入はまだ、その言葉の真の意味を理解してはいなかっ た。
 やがて現代になり、淵ノ鬼神が蘇り、古手桜花の子孫である古手梨 花を攫った。
 羽入は最後の希望として、鬼狩柳宝の封印を解く事を決意したの だ。
 彼を倒せるのはこの刀しかないと踏んで。

「でも、今なら……あの過去を見た後なら……解るのです」
 あの悲しい記憶は、封印を解くために力を使っている間に、頭の中 に何度も流れ込んできた。
 桜花と羽柳……母と父の出会い。そして、悲しい別れ。

 ――僕達は今まで、あいつを倒すことだけを考えてきた。
 でも、それは間違いなんだ。

 敗者のいない部活。それこそが、昭和58年6月を勝ち取って得 た、古手梨花の答え。
 だったら今回も、敗者なんていらない。
 彼も、淵ノ鬼神(おとうさん)も苦しんでいるはずなのだ。

 ……でも―――。

「里お母さんは赦さないだろうなぁ……」
 彼の行動が、今でも桜花お母さんを悲しませている筈だから。
 だからこそ、お父さんを助けたい。
 でも、千年と言う膨大な時間は、恨み、辛みを増幅させていく。
 それが蘇った後の彼の姿。人の姿を捨て、鬼として生まれ変わった 姿。

 ……でも―――。

「僕は……皆を助ける」
 羽入は封印の解けた鬼狩柳宝を持つと、洞窟を飛び出す。
 皆を助けるなんて、正義の味方も呆れそうな言葉だ。
 けど、悪役だった鷹野だって救われたじゃないか。
 だったら……出来るはずだ。やってみせる。

 羽入は決意を新たに、古手神 社目指して走り出す。決着をつける為 に